南方熊楠のキャラメル箱

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南方熊楠の手紙(口語訳)

神社合祀に関する意見

履歴書

浄愛と不浄愛,粘菌の生態,幻像,その他

"南方マンダラ",「不思議」について,その他(口語訳)

南方熊楠について

 熊野が誇る世界的博物学者、南方熊楠(みなかたくまぐす、1867~1941)。

 日本が近代化に躍起になっていた明治から昭和の初期という時代にあって、18ヶ国語を解し、博物学、生物学、民俗学、宗教学、性愛学、エコロジーなどの様々な分野の学問を行き来し、異能を発揮した世界的博物学者です。

 日本の変形菌(粘菌)分類学の基礎を固めた生物学者であり、また柳田国男とともに日本の民俗学を創始した民俗学者でもありました。その膨大な知識から「歩くエンサイクロペディア(百科事典)」と呼ばれ、柳田国男をして「日本人の可能性の極限」とまで言わしめました。

 慶応3年(明治になる前年、1867年)4月15日、紀州和歌山城下生まれ。アメリカ・イギリスなどでの14年に及ぶ海外遊学の後、1900年(明治33年)、34歳で帰国。熊野那智山での3年の植物調査の後、1904年(明治37年)、口熊野、田辺に定住。1941年(昭和16年)12月29日没。享年75歳(満74歳)。


 南方熊楠の生涯についてもう少し詳しく

当サイトについて

 熊楠は、英文による投稿論文や日本語による随筆や手紙、日記など膨大な文章を残しましたが、彼の思想の深い部分はおもに手紙のなかで語られました(南方熊楠主要著作)。
 当サイトでは、おもに南方熊楠の手紙を口語訳してご紹介したいと思います。

 サイト名の「南方熊楠のキャラメル箱」は、昭和天皇に粘菌類の標本献上した際にキャラメル箱に入れて献上したエピソード(昭和4年6月、熊楠63歳)から。

 熊楠は粘菌110点を10点ずつ、11個のキャラメルの大箱に収めて献上しました。普通、桐の箱のような立派な箱に入れて献上するものでしょうが、キャラメルのボール箱。チャーミングです。昭和天皇は後にこのことを楽しそうに思い出されていたとか

(てつ@み熊野ねっと)
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