神社合祀に関する意見(口語訳10)
南方熊楠
(神社合祀の悪結果 第8)
第八
合祀は天然風景と天然記念物を亡滅する。
このことはまた史蹟天然物保存会が中心となって主張するところなので、小生の蛇足を待たない。しかし、かの会より神社合祀に関して公けに反対説が出たのを聞かないのが遺憾なので、少々言うが、西牟婁郡大内川(おおうちがわ)の神社はことごとく日置川(ひきかわ)という大河の向いの大字へ合わされ、少々水が出れば参詣も途絶する。その民は、神を拝むことができないことからヤケになり、天理教に化する者が多く、大字内の神林をことごとく伐ろうと願い出た。すでに神社がないので神林があっても何になろうかとの心の中はもっともなところもあるのだ。
このような例はまた少なからず、大いに風景を損ずることだ。定家卿であったか俊成であったか忘れたが、和歌はわが国の曼陀羅(まんだら)であると言ったとか。小生が思うに、わが国特有の天然風景はわが国の曼陀羅であろう。前にもいったごとく、至道は言語筆舌の必ず説き勧めさとし理解させて得るものではない。その人に善心がなければ、いかに多く物事を知り理窟を明らかにしたとして何の益があろう。
だから上智の人は特別として、凡人には、景色でも眺めて彼処(かしこ)が気に入った、此処(ここ)が面白いという処から案じ入って、人に言い得ず、みずからも理解しきらない間に、何となく至道をぼんやりと感じることができ(真如)、しばらくなりとも半日一日なりとも邪念を払うことができ、すでに善を思わず、ましてやどうして悪を思うだろうかの域にあらしめること、学校教育などが及びようもない大教育であろう。
このような境涯に毎々到ることができるならば、その人は三十一字を綴ることができなくとも、その趣きは歌人である。日夜悪念が去らず、妄執に繋縛(けいばく)される者の企てが及ぶことができない、いわゆる言わずして名教中の楽土に安心し得る者である。無用のことのようで、風景ほど実に人世に有用なるものは少なしと知るべきだ。ただし、小生はこのようなことを思う存分書き表わすことができず、その辺は察せられんことを望む。
またわが国の神林には、その地固有の天然林を千年数百年来残存したものが多い。これに加えるに、その地に珍しき諸植物は毎度毎度神に献ずるとして植え加えられたので、珍草木を存することが多く、偉大な老樹や土地に特有の珍生物は必ず多く神林神池に存するのだ。三重県阿田和(あたわ)の村社、引作(ひきつくり)神社に、周囲二丈(1丈は約3m)の大杉、また全国一という目通り周囲四丈三尺すなわち直径一丈三尺余の大樟がある。これを伐って三千円とかで売ろうとして合祀を迫り、わずか五十余戸の村民はこれを嘆き、規定の神殿を建て、またさらに二千余円を積み立てしてもなお脅迫が止まない。合祀を肯(がえ)んぜなければ刑罰を加えるとの言で、止むを得ず合祀請願書に調印したのは去年末のことという。
金銭の外を知らないと嘲けられる米国人すら、カリフォルニアの巨柏(ビグトリー)などは抜群の注意をして保存している。二十二年ばかり前、予が訪れたニューゼルシー州の一所に、フサシダの一種である小草を特産する草原などは、兵卒が守りっていた。英国やドイツには、寺院の
※(かしわ)の古木、水松(いちのき)の老木をことごとく謄記して保護を励行しているのに、わが邦には伐木の励行とは驚くの外ない。だから例のエセ神職らが枯槁していない木を枯損木として伐採を請願することが絶えない。
むかしは熊野の梛(なぎ)は全国に聞こえ渡った名木で、その葉をどんなに強く引いても切れず、夫(おっと)に離れないお守りに日本中の婦女が便宜してその葉を求め鏡の裏に保存し、また武士の金打(きんちょう)同様に女人はこの梛の葉を引いて誓言した。定家卿が後鳥羽上皇に随い熊野に詣ったときの歌にも、「千早振る熊野の宮のなぎの葉を変はらぬ千代の例(ため)しにぞ折る」とある。
それなのに濫伐や移栽のために三山に今は全滅し、ようやく那智社境内に小さきものが一本ある。いろいろ穿鑿せしに、西牟婁郡の鳥巣(とりのす)という浦の社地小丘林中におびただしく自生している。これも合祀されたから、早晩全滅であろう。すなわち熊野の名物が絶えおわるのだ。オガタマノキは、神道に古く因縁深い木であるが、九州に自生している箇所があるというが、その他に大木あるのは紀州の社地だけである。合祀のため著しく減じた。ツグノキ、バクチノキなどは半熱帯地の木で、田辺付近の神林にだけ多かmったが、合祀のため今わずかに一、二株を存す。熊野の名産ナンカクラン、ガンゼキランその他希珍の托生蘭類も多く合祀で絶える。ワンジュ、キシュウスゲなど世界有数の珍しいものも、合祀で全滅しようとするのをわずかに有志の注意で止めている。タニワタリ、カラタチバナ、マツバランなど多様の園芸植物の原産も合祀で多く絶えようとしている。
熊楠は帰朝後十二年紀州におり、ずいぶん少なからぬ私財を投じ、主として顕微鏡的の微細植物を集めたが、合祀のため現品が年々滅絶して生きたまま研究を続けることができない。空しく図画と解説の不十分なものだけが残存している。ウォルフィアというのは顕花植物の最微なものであるが、台湾で洋人が採ったと聞くだけである。和歌浦辺の弁天の小祠の手水鉢より少々予が見つけてから後見ることがない。ウォフィオシチウムという微細の藻は多種あるが、いずれも拳螺旋状(さざいのまきかた)をなす。西牟婁郡湊村の 神楽神社(かぐらのやしろ)の辺りの小溜水から得たのは、従来聞いたことのない珍種で、蝸牛(かたつむり)のごとく平面に螺旋する。
このような微細生物も、手水鉢や神池の石質土質に従っていろいろと珍品奇種が多いが、合祀のために一たび失われてもう見ることができなくなる例が多い。紀州だけでこのような生物絶滅が行なわれているかと言うにそうではない。伊勢で始めて見つけたホンゴウソウという奇草は、合祀で亡びようとするのを村長の好意でようやく保留している。イセデンダという珍品の羊歯(しだ)は、発見地が合祀で畑にされ全滅してしまった。スジヒトツバという羊歯は、本州には伊勢の外宮にだけに残り、熊野で予が発見したのは合祀で全滅した。
日本の誇りとすべき特異貴重の諸生物を滅し、また本島、九州、四国、琉球等の地理地質の沿革を研究するに大必要なる天然産植物の分布を攪乱雑糅(ざつじゅう)し、また秩序なくさせているものは、主として神社の合祀である。本多静六博士は備前摂播地方で学術上天然植物帯を考察すべき所は神社だけだといわれている。和歌山県もまた平地の天然産生物分布と生態を研究することができるのは神林だけである。その神林を全滅されて、有田、日高二郡ごときは、すでに研究の地を失ってしまった。
本州に紀州のみが半熱帯の生物を多く産することは、大いに査察を要する必要事である。それなのに何の惜しげなくこれを滅尽するのは、科学を重んずる外国に対して恥ずべきことの至りである。あるいは天然物は神社と別だ、相当に別方法をもって保存すべきだというのか。それは金銭あり余っている米国などで初めて行なわれるべきことで、実は前述のように欧米人いずれも、わが邦が手軽く神社によって何の費用なしに従来珍草奇木異様の諸生物を保存して来たことを羨むものである。
近ごろ英国でも、友人バサー博士らが、人民をその土地に落ち着かさせようとするならば、その土地の事歴と天産物に通暁させることを要するとして、野外博物館(フィールドミュゼウム)を諸地方に設けるという企てがあると聞く。この人は明治二十七年ころ日本に来ていて、わが国の神池神林が非常に天産物の保存に有益であることを称揚していたので、名は大層ながら野外博物館とは実は本邦の神林神池の二の舞であろう。
外人が懸命に真似しようと励んでいる元のものを、こちらでは分別なく滅却しさって悔やまないとするのは、そもそも何のつもりか。総じて神社のなくなった社跡は、人民はこれを何とも思わず、侵掠して憚るところがない。例をあげると、田辺の海浜へ去年松苗を二千株植えたが今はすっかり絶えた。その前年、新庄(しんじょう)村の小学校地へ桃と桑を一千株を紀念のため栽えたのも、一ヶ月の内にことごとく抜き去られた。だから欧米でも、林地には必ず小さな礼拝堂や十字架を立てるのだ。
このように神社合祀は、第一に敬神思想を薄くし、第二、民の和融を妨げ、第三、地方の凋落を来たし、第四、人情風俗を害し、第五、愛郷心と愛国心を減じ、第六、治安、民利を損じ、第七、史蹟、古伝を亡ぼし、第八、学術上貴重の天然紀念物を滅却する。
「神社合祀に関する意見」は『南方熊楠コレクション〈5〉森の思想』 (河出文庫)に所収
