神社合祀に関する意見(口語訳6)
南方熊楠
(神社合祀の悪結果 第3)
第三
合祀は地方を衰微せしむ。
従来地方の諸神社は、社殿と社地また多くはこれに伴う神林があり、あるいは神田がある。別に基本財産というべき金がなくとも、氏子はみな必要な費用は支払い、社殿の改修、祭典の用意をし、何不足なく数百年を面白く経過して来たのである。今この不景気連年絶えない時節に、何の急ぐ必要もないのに、大急ぎで基本財産とか神社の設備とか神職の増俸とかを強いるのは心得がたい。
あるいは大逆徒が出てから、役人が、神社を宏壮にし神職に威力を賦して思想界を取り締まらせようとして、合祀を一層励行するけれど、本県のように神武帝の御古社を滅却したり、新宮中の諸古社をことごとく公売しているのちに、その地より六人という最多数の大逆徒を出したのを見て、その本末の顛倒に呆れない者があろうか。
また、只今のように無残無義にして神社を潰して自分の俸給を上げようとのみ努めて、あるいは枯損木と称して枯損ではない神木を伐り売るような神職が、何を誦し何を講じたとして、人民はこれを狼が説法して羊を欺き、猫が弾定に入ると偽って鶏を盗もうとするのに等しいと嘲弄し、何の傾聴することがあろうか。
目の前で古社、旧蹟を破壊して、それに惜しむだけの価値がないことを示し、その一方で無恥不義きわまる神職に破壊主義の発生を妨がせようとするのは、娼妓に烈女伝を説かさせ、屠者に殺生禁断を主張させるのに異ならない。
昔、隋の煬帝(ようだい)、父を殺し継母を強姦し、そして仏教を尊信することはなはだしかった。車駕一たび出て還らず、身は凶刃に倒れた。後世、仏教者は説を曲げ保護しようするも、その弁を得ず、わずかにこれこの菩薩が濁世に生まれて天子すら悪をなしてはならないという理を実証明示したのだと言う。
嗚呼、今の当局もまた後日わずかにあの人々は宰相高官すら神社を滅却するとその罪が到来する、綿々として断えず、国家の大禍をなすを免れないという理を明証せる権化の再誕であると言われて安心しようとするのか。
今日のように不埒な神職に愛国心や民の元気を鼓吹させようと謀るのは、梁の武帝が敵寇が至るのに沙門を集めて『摩訶般若心経』を講じて捕虜となり餓死したのに異ならない。昔、張角が乱をなしたとき、漢廷官人の不心得を諷して向翔と言った人は、兵を率いて河上に臨み北向して『孝経』を読めば賊は必ず自滅するだろう、と言った。また北狄(ほくてき)が漢地を犯した時、太守宋梟は、涼州は学術が少ない、故にしばしば反乱を起こす、急いで『孝経』を多く写させ家々に習読させれば反乱はたちまち止むだろう、と言った。神社合祀で危険思想を取り締ろうとするのは、ほとんどこの類である。
和歌山県の神主の総取締りする人が新聞で公言したのは、神社は正殿、神庫、幣殿、拝殿、着到殿、舞殿、神餐殿、御饌殿、御炊殿、盛殿、斎館、祓殿、祝詞屋(のつとや)、直殿、宿直所、厩屋、権殿、遙拝所の十八建築がなければ設備完全と言ってはならないといって、どんなに神林が大いに茂り四辺神さびた神社を見ても、設備が足らないといってこれを滅却する。
今時このような設備の完備した神社が、官国幣社を除いてどこにあるだろうか。真に、世事に疎い学者が後世に井田(せいでん)を復そうとし、インドに渡った律僧がインドより支那に帰って雪中に裸で水で肛門を浄めるのに等しい愚説である。
神殿は常に破損し続けるものではない。用いようによっては地方に大利潤を生む金銭を、この不景気はなはだしい世にこのような何の急ぐ必要もない備えに永久に蓄積させるのは、世間財理の融通を遮り、はなはだしく不得策で、地方に必要の活金(いきがね)を地下に埋め投ずるのに同じである。
神社の基本金がどんなに殖えても、土地がそれ相応に繁昌しなければ何の甲斐があろう。ましてや、実際地方には必ず多少の悪徒がいて、種々方策してこの基本金を濫用しつくそうとする輩多いのはいうまでもない。一昨年の『和歌山新報』によれば、有田郡奥山村の白山社を生石神社(おいしじんじゃ)に併せ、社趾の立木を売却して2500円を得、合祀費用350円を払って、残りの2150円は行方不明となり、
石段、石燈籠、手水鉢等はことごとく誰かの分捕りとなる。
このような例が多いため、『紀南新報』に、今の合祀のやり方では、故跡旧物を破壊して土俗を乱して得るところは狸一疋くらいに止まる、いっそ郡村の役所役場より比較的正直確実である警察署に合祀処分を一任してはどうか、と論じる人があったのは明論である。
また従来最寄りの神社への参詣を宛て込み、果物、駄菓子、寿司、茶を売り、鰥寡(かんか)貧弱の生活を助け、祭祀に行商して自他に利益し、また旗、幟(のぼり)、幕、衣裳を染めて租税を払った者も多い。どこも廃社が多いため、職を失った者が多く、大勢の者が困っている。村民もまた他大字の社へ詣るのに衣服を新調し、あるいは大修補し、賽銭も恥ずかしくないよう多く持ち、ひどい場合は泊まりの宿泊料も持たないわけにはいかない。
以前は参拝や祭礼にいかに多銭を費やすとも、みなその大字の民の手に落ちたのに、今はそうではなく、一文失っても永くこの大字に帰らず、他村他大字の得となる。ゆえに参詣は自然に少なくなり、金銭の流通は一方に偏る。西牟婁郡南富田(みなみとんだ)の二社を他の村へ合祀したが、人民は他村へ金を落とすのを嫌い、社参せず騒ぎを起こした。よって県庁より復社を命じたが、村民は一同大喜びしておのおの得意の手伝いをして、3時間で全く社殿の復興を完成させた。信心の集まる処は、金銭よりも人心こそ第一の財産と知られるのである。
日高郡三又(みつまた)大字は、紀伊国で三つの極寒村の第一である。十人と集まって顔見合わすことがないという。ここに日本にただ三つしかないという星の神社がある。古え明星がこの社頭の大杉に降臨したのを祭る。祭日には、十余里界隈、隣国大和よりも人が郡れ集い、見世物、出店が賑やかで、その一日の上り高で神殿を修覆し貯蓄金もできていた。
それなのに村吏らが強制して、至難の山路往復8里(※1里は約4km※)距てたる竜神大字へ合祀させた。するとこれまでにくらべて社費は2、3倍に嵩むため、樵夫、炭焼き輩は払うことができず、払わなければ社殿を焼き払い神木を伐れと迫られ、常に愁訴が断えない。
西洋では小部落ごとに寺院、礼拝堂があり、男女が群れ集まって夜市また昼市を見物し、たとえ一物を買わずとも散策運動の
便(たより)となり、地方繁栄の外観をも増すのが普通であるが、わが国ではこのような無謀の励行で寂寥たる資材をますます貧乏にさせるのは怪しむべきことだ。
すべて神社の樹木は、もとより材用のために植え込み仕上げたのではないので、枝が下の方より張り、節多く、伐ったところが価格ははなはだ劣る。差し迫ったこともないのに、基本金を作ると称し、ことごとくこれを伐らさせるほどにますます下値となる。ゆえに神林をことごとく伐ったところが何の足しにもならず、神社の破損は心さえ用うれば少しの修理で片付くものであるので、大破損を待って遠方より用材を買い来て修覆するよりは、これまでのように少破損あるごとにその神社の林中より幾分を伐ってただちにこれを修理すれば済むことである。
置いておけば立派で神威を増し、伐れば二束三文の神林を、ことごとく一時に伐り尽させたところが、思うほどに売れず、多くは焚き物とするか空しく白蟻を肥やして、基本金に何の加えられなかった所が多い。金銭だけが財産ではない、殷紂は宝玉金銀の中に焚死し、公孫サンは米穀の中で自滅した。いかに多く積んでも扱いようでたちまちなくなる、あやうきものは金銭である。
神林の樹木も神社の地面も財産である。火事や地震の折には、多大の財宝をここに持ち込み保全することができるのは、すでにそれだけで大倉庫、大財産である。確固たる信心は、不動産のもっとも確かなものである。信心が薄らぎ、民が正しい心を失うようになったならば、神社に基本金を多く積むとも、いたずらに悪人の悪計を助長するだけだ。要するに人民の好まぬことを押しつけて事の末である金銭のみを標準に立て、千百年来地方の人の心の中心であり続けてきた神社を滅却するのは、地方大不繁昌の基である。
「神社合祀に関する意見」は『南方熊楠コレクション〈5〉森の思想』 (河出文庫)に所収
